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最近、現在小学4年生の息子が「お父さんの子どもの頃の話」に興味を持つ年頃なのか、どんなだったか教えてほしいと言ってきました。
はっきり言って息子にとっては期待外れの話になるだろうと躊躇しましたが、意外と真剣な態度で聞いていたので包み隠さず全て話す事にしました。

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実は私、普通の生活が送れないほどの小児喘息(
ぜんそく)を患っていました。

小学3~4年ぐらいの頃が特に酷く、しょっちゅう夜中に喘息の発作を起こしては呼吸が苦しくなり、タクシーで母親に連れられて病院へ行って吸入や点滴を打つ日々でした。

呼吸困難で意識が朦朧となり、死にそうになりながら救急車で運ばれた事も一度や二度ではありません。。

加えて虚弱体質で、ちょっとした事で高熱を出し体調を崩していたので当然そんな身体ではまともに学校に通う事も出来ず、おそらく年間を通して1/3以上は欠席していました。登校したとしても体育や運動会にはほとんど参加出来ず、学校でも色々と制限がありました。

どうして自分だけがこんなに辛く苦しい思いをしなければならないのか。。
周りの友達のように思いっきり遊んだり普通に学校生活を楽しみたいなぁ。。そんな憧れを常に感じながら過ごしていました。
正直、その頃の思い出と言えば単純にそれしかありません。

そして、私の行く末を案じ苦悩していた母親は、かかりつけ医の勧めもあり盛岡市内にある病気療養施設みちのくみどり学園(現在のもりおかこども病院)への入所手続きを私が知らないうちに済ませていました。当時小学5年生です。
私にとっては急な話でかなり拒みましたが、すでに決まっていた事なので仕方なく入所するしかありませんでした。

ところが、その施設には自分以上に重度の喘息で苦しんでいる子どもや、自分程度ならまだまだマシに思えるほどの脳や身体に様々な重い病気を抱えている子どもたちがたくさんいて、しかも身の回りの事は自分でやるという自立を目指した生活をしているのを目の当りにします。
病弱だからと大事に扱われるのが当たり前で、それまで多くの事に甘えていた自分にとって大きな衝撃を受けました。
そんな場所で「仲間」たちとの闘病・共同生活の中、様々な経験をしながら中学3年生までの5年間を家族や地元を離れ、その施設で過ごしました。 
身体の成長と厳しい鍛錬のおかげで体質が改善され、あんなに苦しんでいた喘息もいつの間にか克服する事が出来ました。

・・・・・

息子にはざっとこんな内容を話しました。
幸い健康体の息子にとってはピンと来ないというか、ショックというか、何とも複雑な表情を浮かべているように見えました。

しかし次の瞬間。息子なりに考えたのか、予期せぬ嬉しい言葉が返ってきました。

「じゃあ、子どもの頃に楽しめなかったお父さんの分まで、オレが何倍も楽しめばいいんだ!」

そう言ってくれたのです。
大げさではなく、自分がそれまで抱えていた子ども時代からの心の闇というか影のようなものをスッキリと晴らしてくれる、本当にそんな一言でした。

今でも定期的に、5年間寝起きを共にした当時の仲間や指導を受けた先生たちと酒を酌み交わす機会があります。
約30年前の思い出話は尽きる事なく毎回朝まで続きます。笑
今度、息子とのやり取りで嬉しかったこの話を酒の肴に加えてみようと思っています。

そして小学校入学以来なんとまだ1日も休まず皆勤を続けている息子は、今日も学校生活を「お父さんの分まで何倍も」楽しんでいる事でしょう。




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by bombo0714 | 2017-11-06 16:24 | fujio | Comments(0)

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