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リョーリンのひとりごと

盛岡歴史散歩 仙北編 umenai

盛岡歴史散歩 
今回は仙北町界隈を歩いてきましたのでご紹介いたします。

仙北町は南部家27代藩主、南部利直公の時代に、
現秋田県仙北地方の商人や職人たちを住まわせたのが始まりになります。

仙北町は奥州街道の出入り口として、
また、北上川舟運のターミナルとして栄えました。

道路拡幅により、昔の面影が失いつつありますが、
その所々にはまだ昔の面影が感じられる場所が点在していますので、
簡単にご紹介いたします。

明治橋から望む岩手山
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長松寺です。創建時代は不明で、元々は浄土宗のお寺でしたが、
江戸時代の初めに曹洞宗に変わりました。
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長松寺の境内には、「火防の秋葉さん」として、親しまれている
秋葉神社があります。
静岡の秋葉神社から観請され、仙北町を火災から守っており、
そういった伝説も残ってます。
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長松寺境内から北側に細い道を進むと長松寺の墓苑が見えてきます。
その中には、茶畑のらかん公園にある十六羅漢像の試作と言われる仏像が
鎮座しています。
この石像の台座を指一本で押して石像がぐらぐら動くと願い
叶うと言われているそうです。
あまり知られていない盛岡の面白スポット。
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虚空蔵さんとして慕われている不退院千日堂。
盛岡三十三観音の十三番として、聖観世音が安置されています。
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長松寺墓苑の近くには、樹齢250年以上とされるケヤキの大木があります。
その横には京都の伏見稲荷大社より1708年に歓請されたと言われる、
高屋稲荷神社があります。
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以上、これまでは南北に続く仙北町のメイン通りの東側。
これより西側に移ります。

写真は駒形神社。南部藩の祖、南部光行公が1191年に、現青森県三戸町に
御駒堂を祀りましたが、南部氏が盛岡に来た際に、一緒に移されたそうです。
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仙北のメイン道路沿いには小鷹刑場跡の石碑が建っています。
当時の重罪はこの石碑の道路を挟んで向かい側(道路東側)で処刑が行われ、
主に極悪非道の死刑囚、一揆の指導者たちはこの場所で打ち首やはりつけの刑などの
処刑を行っていました。
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討ち取られた首は近くの川で洗ったり、処分することもあったそうで、
その川は罪川と言われておりました。
写真はおそらく、その川が流れていた跡。※間違っていたらすみません。
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明治橋より北上川上流には浮島公園、浮島神社というのが以前はあり、
かっぱ神が祀られおり、水難事故避けのため信仰されていましたが、
昭和29年に北上川護岸工事のため、神社はなくなりましたが、
かっぱ神は2007年に見事復活!
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以上、盛岡歴史散歩仙北町編でした。
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by bombo0714 | 2015-11-02 12:18 | umenai | Comments(0)

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