盛岡歴史散歩 上田界隈 umenai

盛岡歴史ぶらり散歩
今回は上田界隈を簡単にご紹介します。

現在の岩手大学周辺には「上田三小路」という三つの小路がありました。

その一つに、西島産婦人科裏手にある岩手大学の敷地に沿った細い道の
「上田与力小路」
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JR山田線、梨木町踏切から中央病院へと続く
「上田小路」
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この写真に見える緩やかな坂を「高源寺坂」といい、左手には尼寺である
「高源寺」という尼寺が以前はあったが今はない。


そして幕末の時代に出来た「上田新小路」。
こちらには一屋敷あたり約300坪の広大な高級武家者屋敷が点在していました。
イメージでは田園調布的な・・・多分そんな感じです。
現在の岩手大学農学部の構内から盛岡一高の敷地内にかけて造成されました。
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敷地内には当時の高級武家屋敷の名残が随所に見受うけられます。
下の写真は武家屋敷のお庭跡。よくわかりませんが大層な松が
今もなお、残されています。
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他にも、農学部敷地内には、当時ここが、居住区だったという面影が所々に見受けられます。
写真は、石川啄木さんの妻、堀合節子さんの生家にあったと言われる井戸。
復元なのはちょっとがっかり・・・
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歴史とは関係ありませんが、農学部には数多くの動物がいるので、臭いです。
学生に声をかけて馬に会いにいきました。馬好きにはたまらない。(競馬好き)
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次に上田三小路界隈を後にし、向かったのは「上田組町」。
県立中央病院からNHKに向かう道路、通称上田通りといったほうが分かりやすいかと思います。
ここら周辺にはいわゆる下級武士である足軽組達が居住しており、
奥州街道の北の最前線の守りについてました。
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この道沿いには侍屋敷が立ち並んでいたそうです。
「壬生義士伝」の主人公である「吉村貫一郎」さんはこの上田組町で育ったという設定です。

この上田通りを挟んで西側は上田西組裏。東側は上田東組裏と言われており、
あたりは一体田んぼだったそうです。
その田んぼの中にぽつんと立っていた東組裏にある正覚寺。
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1626年開山の古刹で、様々な歴史がありますが、身近なところでは、
1934年に、ベーブルースを擁する野球のアメリカ選抜チームとの日米野球で
かの沢村投手とバッテリーを組んだ名捕手・久慈次郎さんのお墓があります。

上田組町界隈はその後の1926年、
専売公社盛岡工場が新築され、(現在の県立中央病院)
そこで多くの人が働くようになり、
この界隈にもお店や飲食店などが軒を並べ、
活気に満ち溢れる町へと変貌していきました。
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一回はこういうところのお店に入ってみたい。まさにディープスポット!!

以上、上田界隈をご紹介しましたが、今回のブログでは紹介しきれない
歴史が存分に詰まっている町の一つです。

今回も様々な歴史を学ぶ散歩となりました。
次回の歴史散歩も気が向いたら、そのうち更新しますのでよろしくお願いします。
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by bombo0714 | 2015-02-17 10:20 | umenai | Comments(0)

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